《鳥居さり》母になれなかった私たち 第二話
前回の続きです。
読まれていない方は第一話からお読みください。
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さらに周囲からの言葉も、少しずつ私を追い詰めていきました。
祖父が亡くなり、祖母が生きているうちに曾孫を見せてあげたかった。
両親にも喜んでもらいたかった。
友人たちから悪気なく言われる言葉たち
さっさと子供作っちゃいなよ
子供ができれば変わるよ
子供がいると楽しいよ
誰もが傷つけようとして言っているいるわけではない。
それはわかっていました。
でも、悪気がない言葉ほど、当時の私には深く突き刺さっていきました。
夜になるといつも泣いていました。
自分が女性として欠けているような気がしていました。
母になれない私は、とても不幸だと思い込んでいたのです。
結婚する時、私は子供を持ちたいという気持ちをきちんと伝えていました。
レスになってからの元夫は、
自分には子供を持つ資格がない、自分が親になっても子供を幸せにできる気がしないと言っていました。
それが本心だったのか、今でもわかりません。
ただ一つ言えるのは、私たちはお互いにちゃんと向き合って話すことができなかったということ。
苦しみも、不安も、本音も、怖さも見ないふりをしてしまった。
それが少しずつお互いへの不信感へ変わり、離婚へ続く道になっていたのだと思います。
母になれなかったことは、きっとこの先も私の人生のどこかに残り続けるのだと思います。
ふとした瞬間に胸が痛む日もあるでしょう。
もしあの時違う道を選んでいたら、と考えてしまうこともあります。
きっと、完全に割り切れるものではないのです。
なかったことにはできないし、綺麗に消化できるものでもない。
でも今は、子供を持てるかどうかは、ご縁なのだと思っています。
望めば必ず授かるものでもない。
努力をすれば叶うというものでもない。
誰にでも当たり前に訪れるものではないのです。
だからこそ、母になれなかったことだけで、
自分の人生を不幸だったと決めつけなくてもいいのだと思えるようになりました。
私はあの経験を通して、誰かの妻や母になる前に、まず一人の人間として立つことを覚えられた気がしています。
そして今は、姪や甥をとても愛おしく感じています。
友人の子育てにも自然と関わるようになり、気づけばあちこちの家の親戚のおばちゃんのように生きています。
それは昔、自分が思い描いていた未来とは違う形かもしれません。
しかし、子供たちの成長を一緒に喜んだり、悩んでいる友人の話を聞いたり、小さな手に懐かれたりする時間は、ちゃんと温かい。
母になり愛情を注ぐことだけが幸せではないのだと今はわかります。
傷が消えたわけではありません。
それでも、自分の人生を少しずつ受け入れながら、生きていくことはできる。
母になれなかった私たちにも、ちゃんと優しさの循環の中で生きていける場所があるのです。
母でなくても幸せになっていい。
今、同じように苦しんでいる皆さんにもそう思える時が来ることを願っています。
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